「俺の考えたニコニコ動画史」のおもしろさ

上の動画はいわゆる嫌儲のゲーム実況者からのメッセージらしい。動画の内容は、最近発売されたゲーム『マリオメーカー』の実況動画をアップロードする著名な実況者への批判である。彼によれば、ランキングが特定のゲームタイトルによって占められることが問題なのだという。ニコニコ動画には、運営企業から実況者に動画の再生数に応じて金銭を与える制度がある。しかしその制度はゲーム会社からの許可が下りたゲームでなければ利用できなかった。しかし最大手の任天堂が自社のゲームを実況していいという許可を与えたため、有名実況者がこぞって、任天堂の新作ゲームの実況動画をアップロードするようになり、ランキングが任天堂のゲームで埋め尽くされた。これが問題だというのである。

 

正直、何を言っているのか意味が分からなかった。でもコメントを見る限り彼に賛同する人は大勢いて、彼の意見、彼の感覚というのはある程度許容されているらしい。要は彼には彼のニコニコ動画のあるべき姿というのがあって、任天堂という企業の介入によって、それが損なわれているということだ。

 

私は彼の主張をかなり独善的なものだと感じたが、それゆえに興味深いとも感じた。なぜなら、彼はゲーム実況こそがニコニコ動画のメインコンテンツであると信じて疑っていないからである。つまり彼は徹頭徹尾ゲーム実況の話しかしておらず、他のコンテンツなどはそもそも眼中にない。ゲーム実況という特定コンテンツ内の多様性の無さのみを問題視しているのであって、他のコンテンツには全く配慮していないということが新しいと感じた。

 

私の認識では、そもそもニコニコが注目されたのは、個人がオリジナルや二次創作の創作物を発表できる場としてあった。そのころはMAD動画や初音ミクなどが、ニコニコ動画の顔であった。そしてそれ以前は、すでにある面白い動画の発掘の場であった。つまりニコニコ動画は違法アップロードの動画こそがメインコンテンツだったのである。私はニコニコ動画の歴史についてそのように認識している。

 

だけどニコニコ動画の歴史というのは、なにも事実に即している必要はないのかもしれない。結局のところ、MAD動画に興味がある人はMAD動画しかみないだろうし、ゲーム実況にしか興味が見ない人はゲーム実況しか見ない。だから100人いたら100通りのニコニコ動画史があっても不思議ではないのである。