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竹田の代表選手批判について

自殺したマラソン選手の円谷幸吉みたいな例がぽんぽん出てくるのは困るから、必要以上に国家みたいなものを背負う必要はないのだけれど、少額であろうと税金が絡んでいる以上は、その姿勢が問われても仕方がないと思う。ただ、それには条件があって、選手が参加・不参加を自由に選択可能で、なおかつ不参加だからと言って国民がそれを非難するようなこともあってはならない。

日本にはこういう前提がそろっていないので、竹田の批判はあまりに行きすぎている。一方で、左翼的な文脈から竹田を非難している人たちにはとても同意できないとも感じる。形式的でも金銭の授受が行われているということは、いわば企業と従業員の間に成立するような関係が成立しているのと同じことである。従業員である選手は、その雇い主である国のイメージを著しく損なうような行為を慎む必要がある。

お国のために奉仕する必要は全くない。が、雇用関係には従うのが適当だろう。選手に、競技の結果においてベストを尽くすだけでなく、その結果に関わらず、あるべき姿勢を求めるということは、不当な要求とまでは言えない。代表に招集され、自らの意思でそれに承諾している以上、期待される行動様式にしたがうのは常識的なふるまいといえる。

一方で、「メダルを噛むことが不適当」という批判はいちゃもんでしかない。選手にメダルを噛むことに対して、国民の需要があるならば、選手はぜひそうするべきであろう。雇い主は国民なのだから、その行為の適切・不適切は、個人的な尺度によって評価するべきでない。愚かしい行為でも、国民にとって受容されるならばなんら問題ないのである。