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『ゼロ・グラビティ』見てないけど

 無音の宇宙とか見ていておもしろいんだろうか。地雷臭をぷんぷん感じる。自分とはあまり相性がよくなさそうだ。監督は『トルモロー・ワールド』のアルフォンソ・キュアロン。『トゥモロー・ワールド』は(映画として評価できる作品が少ない)SF映画のなかでも例外的に少な作品だと思うが、今回の宇宙空間で登場人物がふたり(本当なのか?)という設定にはあまり期待できない。その設定を聞いてまず最初に思いつくのは『2001年宇宙の旅』で、この映画がキューブリックの代表作と一般的には考えられているのだが、キューブリックの作品の中で突出して優れた作品とはとても言えない。『ゼロ・グラビティ』の設定を聞いて、第二に思い浮かぶのがダンカン・ジョーンズの『月に囚われた男』で、こちらは事前に予想していたよりもだいぶ面白かった。ただ次作の『ミッション8ミニッツ』はさらに面白かった。『ミッション8ミニッツ』と比べると、『月に囚われた男』はない予算であれだけのものを作れた、という形で評価できるけど、まあ普通のレベルの映画と言って問題ないだろう。

 映画という媒体で表現するのにもっとも適していない素材は宇宙だと思う。音もなければ、光もない空間を表現することは至難の業だ。さらには厳密な科学考証によって映像表現の幅はさらに狭まる。そのうえ役者の数も限定するというのだから、『ゼロ・グラビティ』はとてつもなく高いハードルを自らに課しているということになる。鑑賞直後の観客の感想を見る限り、『ゼロ・グラビティ』は自らの化した高いハードルを乗り越えたというよりは、内容をパニックものにして、なおかつ3Dを活用することで、表現の狭さを観客に悟られないようにする方向で対処したらしい。要は『アバター』と同じ方向性である。その結果としての絶賛の嵐ということなのだろうけど、『トゥモロー・ワールド』で無駄に映像にこだわった監督がそれでいいのか?と個人的には考えてしまう。